アイイロの巣穴

中央からはずれてほそぼそ生きてる女の読書やドラマの感想ブログ

女性史官たちの葛藤と絆に共感する『新米史官ク・ヘリョン』感想

はじめに

 どうもブログ筆者の藍色です。久しぶりのレビュー、今回は韓流ドラマ『ク・ヘリョン』についてです。韓流ドラマに初めてハマったのは小学生くらいの時に偶然観た『チャングムの誓い』がきっかけで(同時期くらいにブームしていたマフラーと眼鏡と笑顔の男のほうではない)、そこから『トンイ』や『奇皇后』や『成均館スキャンダル』や『オクニョ』やら、歴史ものを中心に観ていくようになりました。そんななかでもぜひレビューしたいと思ったのが今作です。

f:id:baozaifan134:20210310032632j:plain

 

新米史官ク・ヘリョンとは

 主人公ク・ヘリョンは兄と2人で暮らす本好きな女性。特に西洋の小説や学術書を好んで読んでいたが、西洋の書物や大衆小説に発禁命令が出て国から取り上げられてしまい、さらに兄によって縁談も設定されてしまう。結婚から逃れる為に女性史官試験を受け、朝鮮王朝時代初の女性史官となる。

 作中もうひとりの主人公は幽閉されてる王子イ・リム。王族たちには内緒で小説家をやってるが、あることをきっかけにヘリョンに小説家であることをバレてしまう。

 作中は特にこの両者の恋愛模様がメインに描かれていますが(韓流歴史ドラマあるある)、筆者は今までの女性主人公もの歴史ドラマでありがちなモヤモヤが解消されてるなと感じました。以下はその詳細です。

 

女性史官たちの描かれ方がいい!


f:id:baozaifan134:20210310051624j:image

 ほんとにこれが筆者的にポイント高いです。とにかくみんな仲がいい。その仲の良さに微笑ましさもあり、また視聴者としてもホッとします。男上司たちから徹夜仕事を押し付けられれば、その仕返しに上司の隠し酒を開けて4人で飲み会したり、そして仕事の休みにはピクニックに(画像はそのシーンですが、彼らが見物してるものがまたね…w)。

 彼らがそれぞれになぜ史官を目指したのかを打ち明けるシーンも。借金返済の為、結婚から逃れる為、身勝手な家族親族たちに振り回されない為などなど。共通してるのはみんな「自分のものを持つ為」に仕事を得ようとしたところです。

 女性主人公と仲のいい女性キャラクターのシーンは他の歴史ドラマでもありますが、何かのきっかけに仲違いして権力闘争になったり、誰かが側室になっちゃったり、死んだりしがち…。この作品ではそんなことはありませんので安心感があります。

※敢えての「彼ら」表記です。男なら「彼男」と表記します。

 

男しぐさあるある

 これらも笑ってしまうくらいよく描けてます。女性史官として初めて出勤するヘリョンたちに威張り散らす男官吏達、上司の娘であるサヒが来た途端には男性らしくおとなしくし、その場から立ち去って行きます。まさに「上司の娘にはやらないだろお前」を地で行くシーンです。

 また、芸文館の男史官たちは何かの面倒事が持ち込まれたり、何か不利な状況に立たされればすぐにこう言います。「女史官なんか入れるからだ!」、うーん男々しい。そして史官としての立場を守ろうとする彼男らは、最初は威勢が良いものの、だんだん弱気になり最後には「帰りたい…」と言う。そのくせ女性史官たちに飯の確保をさせる。日本のどっかで見たやつですね。

 ほかにも、王の怒りを買ったヘリョンにいやがらせするシーンでは早朝から呼びつけて仕事をさせたり、至密尚宮(チャングムの誓いにも出てきたアレ。トイレ介護+検便)の仕事を押し付けたり、わざと書き切れない量の書類の書紀をやらせたり、まぁ陰湿。そしてこの王、よく怒鳴る。登場するとほぼうるさい。弱いオスほどなんとやら。

 

史官という身分

 高くても正7品程度と、官吏達の中でもけして高い身分ではないのが史官です。史官の研修生であるヘリョンたちには官位すらありません。仕事も当時はパソコンなんて無いわけで、ずっと手作業で記録の書き写しや整理、徹夜作業も少なくない。しかしそんな彼らの特権は「記録者である」ということ。どんなに高い身分の官吏や、王族であっても、史官の記録を直接確認することは許されていません。また、王族が大臣や官吏をともなう場合(何らかの政治的取引や取り決めが行われる可能性が生じる場合)は史官を同席させなければならないという決まりもあります。

 記録者としての仕事を守り、記録したこと(のちの歴史的事実)を保護する為にあらゆる権力者の介入が許されないのが史官と芸文館。作中では、その前提が崩されそうになった時には仕事をボイコットして立て籠もるほど。しかも史官の多くは成均館の元学生でもあるので、完全に学生運動のノリで。

 ドラマではわりとコミカルに描かれてますが、現代でも記録改ざんは平然と行われてますし、彼らの仕事と使命はあまり他人事ではないんですよね。

 

それぞれの親との対立

 ヘリョンたちの上司であるミン奉教は権力の虜になった父親を汚点ととらえ、みずから史官の道を選んでいます。サヒは強欲な父親を恥じ入り、自分の意志で仕事を持ち親が搾取した財産を民に還元します。リムは父親に愛されない理由がわからないまま、それでも自分の身分でできることを考え正しいと思うことを貫いていきます。

 毒親系の話に共感する身としては、親とちゃんと対立できる子供が描かれてるのは安心ポイントです。やたらと「大事な家族のために」とか「病気の親のために」とか、家族美化的な内容を盛り込まれるとダメージ喰らいますね…。作中では家族の絆!的な要素が少なくていいです。

 

嫉妬する女性がいない

 これも今までならなかなか無いポイントですね。サヒのポジションは、今までだったら主人公を影で陥れるとか、葛藤しながらも自分の後ろ盾の言う通りにしておくとか(チャングムの誓いのクミョン的な)で自滅してしまうことが多かったように思いますが、「自分は何も持ってない」からこそ史官になったサヒは、駒としての宿命を拒否し、最後には自分が加担した不正の責任も取ります。

 また、とある経緯でサヒを呼びつけてしまった世子嬪は、自分の行いを反省するだけに留まらず、兄に「あの者を守ってください」とまで言える思慮深さと理性を備えてて素晴らしい。そして「自分を無理矢理嫁がせた父親」が諸悪の根源であることをしっかり理解している。後宮に入ってからずっと「繁殖」の役割を期待されて陰口を叩かれて孤独に過ごすしかなかった自身のつらさをちゃんと夫に言えるのもえらい。今までの歴史ドラマなら嫉妬に狂って女官とか虐めて自滅ポジション(これもめちゃくちゃ多い)ですが、ちゃんと生きて解放されます。

 

気になるところ

 主人公たちの身分は高めなので貧しい人にはあんまり焦点が当たってないかなというところ(全く出てこないわけではないですが少ない)でしょうか。まぁ下の身分の女性が成り上がるものの殆どは地位の高い誰かの妻になるものばかり(マビで多いですねこのパターン、ある意味当たり前ですが)ですからそれはそれでいまいちですし…。あとは処刑されるかもしれないヘリョンにお酒かけ過ぎなシーンもあまり気持ちよくはないですね…。

 ヘリョンが自分の地位の高さゆえに博識でいられることを指摘されるシーンもありますが、指摘する相手が男王族なのもちょっと微妙に感じました…。もちろん指摘そのものは正論なんですが「おま言う」感。指摘するならせめてヘリョンと同じくらいの地位の女性か、それより下の地位の女性であればより重みが増すんですけどね。

 さらに細かいところだと、リムと恋愛的に良い仲になったヘリョンが化粧をし始めるシーンも筆者的には残念に感じました。恋愛ドラマ的には王道なんでしょうが、つくづくジェンダーはオスが鑑賞する為にあるなぁと実感しますね。

  

 

『新米史官ク・ヘリョン』はおすすめ?

 歴史ドラマを観たいけどあんまり重たいものは苦手、ドロドロ系の話が苦手、拷問シーンが苦手、長過ぎるドラマが苦手、女性主人公と対立する女性が見たくないという方にはおすすめできると思います。全体的にコメディタッチで、全20話なので気軽に観れます。また単純に「朝議の時に書紀やってる人たちの仕事が気になる」という人にもおすすめです。ふつうに恋愛ドラマ(特に年上女性と年下男性の組み合わせ)が好きな人も楽しめると思います。個人的には、成均館の学生たちのその後が気になる人にもいいと思いました。ドラマ同士の直接の繋がりはありませんが、構図が理解しやすくなります。

 逆にヘテロ恋愛ドラマ自体が苦手だと辟易するかも…。ミサンドリー度もあまり高くは無いのでカタルシスも少ないと思います。そして、主人公のラストは『成均館スキャンダル』と同じオチですのでがっかりされる方もいると思いますね(なにがとは言わないが、結局は恋愛ドラマなので…)。

 

 しかし女性主人公の歴史ドラマが実質ヘテロ恋愛ドラマとしてしか描けないのは、何かの取り決めとか基準とかあるんでしょうかね…。舞台が時代を反映させる必要があるのは当然としても、みんな最後は男とくっつくというかなしみ。女性主人公の歴史ドラマがヘテロロマンティック・ラブから解放される日が来ることを願いつつ…。