アイイロの巣穴

中央からはずれてほそぼそ生きてる女の読書やドラマの感想ブログ

男にとってのつまらない、わからないは女にとっての安心&面白い『茶匠と探偵』感想

はじめに

 どうも、ブログ筆者の藍色です。今回も小説のレビューを書いていきます。ミステリ小説ではありませんが(部分的にはミステリ?)、女性主人公ものフェミニズム小説として、個人的には『ベイカー街の女たち』以来の感動があり、おすすめしたいと思える作品です。分厚い単行本で読むのに時間がかかってしまい、そのうえ一話一話の重みがあり、なかなかブログにできませんでしたが。読み進めていくほど、某通販レビューで「よくわからん」とか「つまらん」とか言われていた理由がよくわかりました。男には理解できない内容ばかりだからです。

※ブログタイトルは映画ゴーン・ガールの「男にとってはフィクション、女にとってはノンフィクション」というコピーが元ネタ。

 

『茶匠と探偵』とは


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 アリエット・ド・ボダール(Aliette de Bodard)によるシュヤ宇宙(スペルはXuya)シリーズの初邦訳本です。著者はこのSFシリーズを既に何冊も出しているようで、そのうちのいくつかの作品を邦訳用に編集して出版されたのが今回の短編集『茶匠と探偵』です。

 白人に侵略されなかったアジアの宇宙が舞台ということで、文化のマジョリティが中国だったり、表紙の通り登場人物は中華風やベトナム風の衣装を着ていたり、政治は古代中国の朝廷がモデルだったり、宗教が仏教系だったり、文化や食べ物が東南アジア風(主にベトナム)だったりします。シリーズの特徴として、深宇宙と呼ばれる特殊な空間と、人間から産まれる船魂/胆魂を宿した船(有魂船:人格も性別もあり、船魂を産んだ女性とは家族になる)が登場します。

 

主人公がほぼ全員女性

 短編集ですが、一話をのぞくすべての話で当たり前のごとく女性が主役でした。作中で上の役職についてるのも女性。男キャラクターもいなくはないですが基本脇役。これは著者によって意図的にミラーリングされているようです。名前がついてるキャラクターは基本的に女性だと思っとけば合ってるぐらいの勢い。一部名前のある男も出てくるけど脇役です。

 

"女ことば"を話す女性キャラクターがほぼ出てこない

 ゼロではないんですが、ほぼ登場しません。翻訳本としては嬉しいポイント。口調がフラットなだけでなく一人称も"私"じゃなかったりします。現実の女性たちの口調に近いです。

 

特におすすめの3話

①船を造る者たち

 有魂船を設計する仕事をする女性(ダク・キエン)と、船魂を産む女性(ゾキトル)との関わりの話です。女性の地位と身体がどんなものであるか、どんなふうに扱われて来てるのかが明確に描かれてます。「産む」ことを放棄した女性がどんな仕打ちを受けるのか。逆になんの後ろ盾も持たない女性が「産む」ことを選んでいくとはどういうことか。出産が、つまり女性の身体を犠牲にして得ているものが何なのかを改めて実感します。

 また、ダク・キエンの同性パートナー、ハンの台詞がいいです。

「おまえは誰かのおもちゃでも奴隷でもない―とりわけおまえの一族のおもちゃでも奴隷でもないんだ」 

そしてダク・キエンとハンの立場は、現代に生きるほとんどの子なし女性(単身でも)の境遇そのものです。

二人は、そして同性関係を結んだシュヤは誰であっても、子どもを持つことは無い。仏壇で線香をあげてくれる者はいない。死んでからその名を唱え、称えてくれる声もない。生きている間は二級市民だ。祖先に対する義務を常に果たすことができないからだ。死ねば蹴とばされ、忘れられる―初めからいなかったように消される。

そしてハンは子どもが欲しいと思ったことは一度も無かったし、これからもあるはずはない。

 

②包嚢 

 これはもう、完全に「コルセット」の話ですね。本章の説明に”異文化に適応しようとして自分を見失う女性”とありますが、これは「異文化」などという言葉で表すには甘いと思いました。その装置によって適応しようとしてる側がマイノリティであることが重要な点です。マジョリティの規範に沿うように、見た目を変え、思考を行動を仕草を指示してくる装置。これはそのままジェンダーにも置き換えできます。そしてこの「装置」は、女性に生まれたら、障害者に生まれたら、少数民族に生まれたら、とにかくマイノリティ属性を持って生まれた者なら誰でも着けさせられているものです。

 

コルセットについての詳しい記事はこちら↓

shigatu-baka.hatenablog.com

 

ルッキズムや美に固執した、あらゆる装飾や服飾、「女性らしい」と社会から推奨・賞賛される女性の立ち振る舞いや女性に押しつけられる価値観すべてが「コルセット」である。

 

①周囲から褒められたり高評価を得ることができるなど承認を受けやすくなる。②社会的要請に添った言動なので周囲から中傷や暴力などの懲罰・加害行為を受けずに済む可能性が若干だが高くなる。③故に男(女性は含まない。現行の社会構造においては、女にとって男を得ることが「利益」になるからだ)を"獲得"できる可能性がある、というような利益が挙げられる。

 
③茶匠と探偵

 表題作ですね。これは中編くらいの長さがあります。麻薬中毒の探偵(竜珠)とお茶を淹れる有魂船(影子)の組み合わせで事件に挑むミステリ。視点は主に茶匠のほうでストーリーが進んでいきます。両者ともつらい過去と対峙しながら事件解決に向けて行くわけですが…。

 竜珠はまさに女版ホームズ。「女版ホームズはこうやって描くんだよ!」というお手本みたいな感じの女性探偵です(蓮丈那智シリーズへの恨み)。

 

 

気になるところ

 著者によるアジア文化への尊重かな?と思われますが、基本的に「姉妹呼び」があります。韓国中国等で、年上の親しい女性を「姉」呼び/年下の親しい女性なら「妹」呼びしたりするあの文化が作中にもあります。

 あと、表紙のイラスト。デザインや構成も素敵だしよく描けてるとは思うんですけど、ホワイトウォッシュじゃね…??本作中の竜珠の登場シーンですが容姿については

肌は黒く、鼻は鷲鼻。

とありますね…。原著の表紙の竜珠はこれです(日焼け感がある)↓


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日本版の白さ…。↓


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 そして翻訳文が個人的にあまり読みやすくないなと感じました。原文があまり読みやすくないのかもしれませんが…。あとこれはファンタジーものあるあるかもしれませんが、設定を頭に入れるのに時間がかかってしまい読むのが大変でした。

  

茶匠と探偵はおすすめ?

 フェミニズムSF小説としておすすめします。特にアジア系の文化や雰囲気が好きな方ならより楽しめると思います。その一方で、やはり「アジアの大家族」がもとになっているだけあって家族主義的描写がとても多いです。作中における特権階級の多くは叔母で、あまり父権的ではないですが、かといってそこまで女性優遇的な世界でもないです。なんだかんだ妹の地位は変わりませんし。ある意味リアルです。無批判に描かれているわけでもないので、そういう点ではまだストレスが少ないです。筆者は個人的にアジア贔屓なところもあるのですきな作品になりました。

  また、単行本は分厚いうえ値段は高めなのでよほどこだわりが無いかぎりは電子版をおすすめします。