アイイロの巣穴

中央からはずれてほそぼそ生きてる女の読書やドラマの感想ブログ

【雑談】ミラーリング用語、どう読む?


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今回はレビューじゃないです

 どうも、藍色です。今回はレビューとは全然関係ない話題なので「雑談」というような軽い感じで書いていきたいと思います。ネタが無いわけじゃないけど筆が進まないときはこんな感じの記事も出そうかなと思います。でもフェミニズムミサンドリー関連です。ゆるく読んでいただければ。

 

ミラーリング表記/用語について

 ミラーリング、ありますよね。脱コルセット過程における装飾する男のイラスト等もそうですし、漢字圏なら漢字に接していますので日々「漢字自体に含まれているミソジニー」に辟易したり。つくづく「言葉(ようは概念)は男が作って支配してきたな〜」「女性たちには使わせない前提の世界だな〜」と実感させられるわけです。言葉が男用にできているというのは、言葉遣いの問題だけではなくて(当然言葉遣いは階級分けのためなので無関係ではない)、言葉が男を主体とするようにできているという意味であり、女性が女性を主体として語ることを許されず、ただ会話/字書き/閲読をするだけでも「女性差別をベースとしたものしか語れない」という非常に重要な意味をもたらします。どんなに「女性は男より優れている」とエンパワーメントしたところで言語自体に刷り込まれているわけだから、「女」に付随するマイナスの意味は消えない。だから言葉にミラーリングは必要なんです。

 

書くのはわかるけど、正直どう読むの?

 女偏を男扁に変えたり、女+職業で呼ばれがちなものを男+職業に書き直したり、男の肉体に付随する機能にいい漢字が使われるのを陳腐な表現にしてみたり、ミラーリング作業は楽しいものでもある分、普段どれだけ言葉が男用になっているかを改めて発見して遠い目になったりします。さてミラーリング用語、書くのはまだできるとして、実際声に出すとなんて読むんでしょうか?筆者なりの発音をいくつか例に出してみます。(そもそもTwitter上で使うことばかりなので、あまり口にする機会自体少ないんですけどね…。)

 

 ①彼→彼男 「彼女」のミラーリングですね。かのじょ読みに対してなので筆者は「彼男・かのお」と読んでますが皆さんはどうでしょう?これに関しては筆者も仲間と少し話し合ったのですが(ありがとう!)、「かのお」より「かれお」のほうが発音しやすく感じるのではないかという発見がありました。なぜ「かれお」のほうが発音しやすく感じるのかも一緒に考えてみましたが「彼氏・かれし」読みの影響があるのではないかという考えに至りました。また、「かれお」読みだと「元カレ」読みがそのままになるんですよね。ちなみに筆者のパソコンおよびスマホではどっちも出ませんでした。

 余談ですが音読み訓読みの組み合わせで色々出たなかに「ひだん」というのもありました。玉だけに当たりそうで筆者はお気に入りです。

 

 ②嫉妬→男疾男石 女偏にマイナスの意味を持たせるパターンのミラーリングですね。漢字が部首+音で構成されているので、読み方はそのままでいいのではないかなと思ってます。それにしても「しっと」と打つと一発で変換されるのは腹立ちますね。

 

 ③嫌悪/嫌い→男兼悪/男兼い こちらも②と同じ構成ですね。ちなみになぜ「兼ねる」なのか検索してみましたが「兼ねる=二心がある」という解釈でよろしくないとか、兼ねるという漢字は足りてない状態を表すとか出てきました。つまり足りない女や一途じゃない女はきらいってことですか。漢字作ったやつの趣味かよ。

 

 ④好き→すき、スキ これも「嫌」とセットで検索してみました。案の定というか「誰にとってこのましいのか」の視点で考えるとやっぱり男なんですよ。ようは「女性が子供とセットになっている」のが男にとってこのましいという意味です。またもや男の趣味。筆者は反出生主義寄りなのでそのままミラーリングしてもあまりこのましくないので(皮肉)、ひらがな・カタカナ表記が無難かなと思います。中国語の先生は「音を漢字にしなくてもいいのが日本語メリット」だと言ってましたが、こういうときは本当にそう思います。個人的には「男扁+子」と表記して「ペド野郎」と読みそう。

 

 ⑤她/他→他/男也 これは中国語なのですが意味は①と同じ三人称です。発音自体はどちらも「ta1」ですが、これまたひどいんですね。中国語の先生によるとheを表す「他」は「人として一人前になる」という意味を持っているとのこと。では女性側は?実は她という漢字ができたのは「he,she,it」に影響されたからであり、それ以前には全部「他」だったというので、「he→他、she→她、it→它」というふうに漢字を作ったということらしいです。当然のごとく人の字は男に取られてますね。そりゃ女性は怒りますよ。女性という言葉すら簒奪されつつある昨今ですから女男を区別できる単語は必要ですが、人=男という前提を無視して「現代ではただの女性三人称だから差別じゃない」とは言えないですよね。完全に現在進行系で差別されてますよ。taと入力して最初に出るのはやっぱり「他」ですしね。

“她”字是谁创造的?刘半农为何会成为侮辱女性的代表?-【环球中考网】

 

 ⑥女医→男医 男のものが前提とされてる言葉をミラーリングしたものですね。医師が女性になっただけでわざわざ「女医」などと呼ばれるのは、医師は基本的に男がなる職業だからですね。今ではあまり使われなくなった「看護婦」表記が婦なのとセットですね。

 

 ⑦男女→女男 taと打って他が先に出る現象と同じですね。男が先、女は後、というのを文字から教え込む効果がありますね。履歴書等の書類でも性別欄は「男・女」か、細長い記入欄に上は男、下は女、というふうになってます。筆者は「じょなん」と発音してますがどうでしょう?「じょだん」読みもいいとはおもいますがどうにも某歌を連想してしまい、個人的には微妙な感覚があります。

 

 ⑧売春婦→買春夫 これは非常に重要な表記ですね。売る女がいる、のではなく「買う男がいる」。責任の所在を男にしっかり持ってこさせる。そもそも売る女がいるように見えるのは、それに金を払う男が昔から存在していたからに他ならず、さらに買う男に名前を与えなかったのは「女が売るから悪いんだ/尊重してるんだ/救済してるんだ」と自分たちを透明化できるからですね。名前のないものに定義はできないし批判もできないということを男はよく知っているんですよ(例:トランスなんちゃらシスなんちゃら)。発音は「ばいしゅんふ」で通りそうですが、まだ音だけ聞いたら前者を連想させるので、筆者は男を強調させるために「ばいしゅんオス」と読んだりします。

 

 ⑨女々しい→男々しい これまたいやな使われ方ですね。実際に陰湿でいやらしいのは女性ではなく男であるというのは歴史を見てもよくわかりますよね。ヒストリー(history)はヒズ ストーリー(his story)しかり、この漢字の成り立ちしかり。マイナスなことは全部女のせい。便利な属性すぎ。

 筆者は「おおしい」と読んでもいいかなと思いますが、「雄々しい」(やはり一発で変換される)と同じ読み方で褒め言葉として受け取られるのは癪なので、強調するために「オスオスしい」などと読んでみたりもします。

 

 ⑩男→オス 言わずもがな。と言いたいところですが、「女」の形が超ジェンダーなのにたいして「男」という漢字自体にプラスの意味がありますよね。なので意図的にオスと書き直す。なんなら男という漢字を「おとこ」と読まず「オス」と読んでます。ねことロースもセットで。

 

 

おわりに

 とりあえず体力の続く限り思いつくものを列挙してみましたが、あくまでも筆者の読み方は一例にすぎないです。正解とかではないです。皆さんもぜひどんなふうに発音しているのか、なぜ発音しづらく感じるのか、そういう読み方もあったのか!みたいに参考になればさいわいです。他にもまだまだミラーリング表現いっぱいあるよ!とかこんなの思いついた!などなど発展させていき、言葉をどんどん取り戻していきたいです。しかしアナログだと部首を改造できますが、パソコンだといちいち変換して組み合わせないといけないのが歯がゆい&めんどいですよね。漢字を新しく作れるアプリとかあったらいいなあ。

 雑談なので特にまとめずゆるく終わります。

 

おまけ 

 筆者が個人的に使ってるミサ用語です。意味がわかったあなたはミサ仲間。

 ・ニコチンこ

 ・OK/OC

 ・オスみ付き

 ・処男

 ・初玉

 ・オスッター

 ・オスタグラム

 

 

 

 

 

 

 

フェミニズム版ミステリが読みたい!『ベイカー街の女たち』感想

はじめに

 どうも、ブログ筆者の藍色です。色々なミステリを観たり読んだりしていて常々思っていたこと、それが「フェミニズム版ミステリが読みたい!」です。それまでもなるべく「女性が主人公のものを…」「女性が読んでもストレスの少ないものを…」と探してはいたものの、魅力的な女性主人公よりも男性が前に出てたり、完全にオス憑依女性主人公だったりと苦戦していました。そんななか、とうとう登場しました!今回紹介する『ベイカー街の女たち』、時代が時代なので女性達の活動範囲に制限はあれど、しっかりと「フェミニズム版ミステリ」になってます!

 

『ベイカー街の女たち』について


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 ハドスン夫人とメアリー・ワトスンが主人公です。語り手はハドスン夫人シャーロック・ホームズを読んだことがある人ならお馴染みの、ホームズの下宿先ベイカー街二二一Bの主人です。メアリーはワトスンの妻ですね。

 本作のあらすじは、ある女性がホームズのもとを訪ねたものの、依頼の内容を話すことを躊躇ってしまいホームズが苛立ち、依頼を断ってしまう。それを見かねたハドスン夫人とメアリーが女性の相談に乗ることから物語が始まります。

 

メアリーが飛ばしてる

 作中のメアリーが本当にナイス。というか、ほぼ作者の言いたいことをメアリーに言わせてるのではと思います。例えば、女性を脅迫する手紙を読んだ時の台詞がこれです。

「もし手紙の男ーーけだものも同然だけど、とりあえず人間扱いしておくわね」

筆者はこの台詞を読んだ時に思わず吹き出しました。他にも、作中である女性が無惨に殺された時のメアリーはこう言います。

「残虐な犯行をやめさせるだけじゃ、気持ちがおさまらない。わたしは彼を罰したいのよ、マーサ。焼き殺してやりたい」

首がもげるほど頷ける言葉ですね。この台詞が出る前後を読んだあとだから、共感しすぎて泣きそうなくらい。ちなみにこの台詞は素晴らしいラスト(燃☆SHINEエンド)のフラグになってます。

 他にも筆者のお気に入りは、メアリーにミラーリングをさせてることですね。作中のメアリーはシャーロック・ホームズのことをなんと「シャーロック」と呼び捨てにしています。Am○zonのレビューではこれが気に入らない人がわりといたようですが、これ、メアリーがホームズと親しい男性キャラクターならそんなに気にならないんじゃないんですかね。どんな物語でも女性キャラクターはかんたんに苗字を奪われたり呼び捨てされたりしてきてますからね。

 

「あの女性」の活躍もかっこいい!

 『シャーロック・ホームズの冒険』に収録されている「ボヘミアの醜聞」にて登場する、シャーロック・ホームズを唯一敗北させた女性ですね。それ以来ホームズは敬意をこめて「あの女性」と呼ぶ、アイリーン・アドラー。今作でも登場してくれます。原作でも男装して周囲の目を欺き、ホームズの裏をかくことに成功していましたが、今作でもその特技がしっかり活かされてます!アイリーンの活躍を求めていたホームズファン(ていうか私)も大満足!

 ちなみにアイリーン・アドラーのことをホームズが「あの女性」と呼ぶことに対しての色々な憶測があって、その中には当然(私は当然とは思いたくはないが)「アイリーンとホームズの間には恋愛感情があるの?」といったものもあります。作中ではそのことにも触れてはいますが、あくまでもハドスン夫人の見解にとどまっており、なおかつ「恋愛関係である」と断定していないので一安心ではあります。ほんと、女男が揃った時の恋愛関係の憶測やめてほしい。

 

女性の描き方について

 ただの脇役でしかなかったハドスン夫人を、一人の人間として描いているのが素晴らしい。ハドスン夫人がベイカー街の主人になる前まではどんな生活をしていたのか、ホームズが活躍する影で彼は何を考えていたのか、ホームズに頼れなかった女性達の問題を引き受けた身としてどう生きるかどう考えるか、そういった「彼の人生」がしっかり描かれてることに筆者は感動しました。

 そして「台所」。作中でハドスン夫人をはじめとする女性達が雑談し会議するのは「台所」ですが、この台所についてハドスン夫人はこう語っています。

台所はわたしの聖域であり、仕事場であり、避難所でもある。

台所が避難所として機能しているのは、そこが良くも悪くも「女に許された場所」だからですね。避難所としての台所はアガサ・クリスティの『三匹の盲目のねずみ』にも描かれてます(台所にいる女は安全だった、という文があります)。料理、家事、家庭、に従事している限り(男が定めた役割に逆らわない限り)女は安全であると。台所は当然ジェンダーでありつつも、当時の「女性専用スペース」はそこしかなかったとも言えるのでしょう。

 もう一つの見どころは、ハドスン夫人とメアリー、そしてアイリーンの友情です。原作のシャーロック・ホームズがワトスンによるホームズ伝説とその友情の物語なら、ベイカー街の女たちはハドスン夫人とメアリーとアイリーンの友情物語と言えるでしょう。ある目的のために女性達が結託し合うその時に、ハドスン夫人は「ミセス・ハドスン」ではなくファースネームである「マーサ」と呼ばれるようになります。3人でオスの住居に侵入して証拠品を持ち去るシーンは本当に痛快!しいて言うなら、3人とも既婚者なのが気になる感じでしょうか。そこはやはり現代が舞台のミステリ小説でフェミニズムを取り入れたものが増えてほしいところです。

 また、作中では当時の貧困層の女性達にもスポットが当てられてます。彼らは殺されても目立つことはない。これは現代でもずっと続いていますし、どんな女性でもいつでもこんな危険(貧困と殺人)と隣り合わせに生きています。作中で登場するリリアン・ローズという女性の「誰一人、あたしたちを守ろうとしてくれなかった」という言葉は、けして物語の中だけのことではない。今作は、そういう事実をしっかり描いてくれています。

 

『ベイカー街の女たち』はおすすめできる?

 フェミニズム版ミステリとしておすすめします。女性探偵ものでモヤモヤを抱えていた女性読者に是非ともすすめたいです。ミステリとしてもしっかり楽しめますが、やはり女性の描き方がとてもいいです。

 また、内容と直接関係はしませんが、文章が非常に読みやすいのもおすすめできるポイントです。あとがきも含めて翻訳者が優れているのがよくわかります。訳者あとがきや小説についてる解説は、解説になってないものが多いですが(なぜか思い出語りしたり、作品の背景やメッセージ性、言葉の表現や書き手のスタイルなどに触れないやつとかね!)、この小説ではちゃんとした解説をしてくれてます。

 そして筆者はプロローグの時点でかなりシビレたので、その一部を抜き出しておきたい。プロローグに共感したらぜひ本作のご一読を。

「誰だ、そこにいるのは?」卑劣な化け物の声に、わたしは暗がりへ後ずさった。暗がりーーそう、陽の当たらない舞台裏がいつもわたしの居場所だった。優秀な人たちや立派な人たちの陰で黙っておとなしく控え、ごくたまに端役を与えられることはあっても、それ以外はほとんど物語の傍観者や聞き役に徹してきた。こういう絶体絶命の窮地に陥る役回りは以前のわたしには似つかわしくない。

 でも、今回はこれまでとはちがう。わたしの役柄は変わったのだ。「ホームズだな?わかってるんだぞ!」男が勝ち誇った声で叫ぶ。その名前はわたしが舞台へ登場する合図となった。

 

 

とにかく赤堀涼子の活躍が見たい。『法医昆虫学捜査官』シリーズ感想

はじめに

 どうも、ブログ筆者の藍色です。前回の蓮丈那智シリーズでがっかりしたにもかかわらず筆者はめげずに「女性が探偵役のミステリ」でなおかつプラスアルファの要素があるものを探していました。そして見つけたのが今回紹介する『法医昆虫学捜査官』シリーズです。蓮丈那智民俗学+ミステリだったのと同じように、こちらは昆虫学+ミステリです。

 蓮丈那智との違いは、こちらは刑事がちゃんと(?)関わっていることと、そして作家が女性であること。同じ女性学者が主役のミステリであるのに、書き手が女性になるだけでこんなにも女性の描き方が変わるのかと改めて気付かされる作品でした。だからといって手放しで褒められるかというとそうでもないのですが…。

 

『法医昆虫学捜査官』シリーズについて


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 タイトルの通り法医昆虫学を扱ってるミステリです。法医昆虫学とは、主に死体につく蛆の成長過程を計算して死亡推定時刻を割り出したりする仕事です。事件現場に残される虫の生態系から捜査していくことも。

 物語は法医昆虫学者の赤堀涼子と刑事の岩楯裕也、この両者の視点で進んでいきます。1作目は『法医昆虫学捜査官』、2作目は『シンクロニシティ』、3作目は『潮騒のアニマ』、4作目は『水底の棘』、5作目は『メビウスの守護者』、6作目は『紅のアンデッド』、7作目は『スワロウテイルの消失点』と現在7巻まで続いてます。筆者は3巻目まで読み終え、そしてなぜか飛ばして7巻を読んでしまいました(アホ)。

 1〜2巻目までは岩楯と赤堀の視点が交互に変わって物語が進んでいましたが、3巻目からはそのパターンが終わってて岩楯の視点が多くなっていってます。そして某ドラマみたいに刑事の相棒はコロコロ変わります。

 

昆虫学者の赤堀涼子がとにかく魅力的!

 このシリーズ作品の一番の魅力はやっぱりこれに尽きると考えてます。昆虫学の薀蓄の面白さは言わずもがななので、赤堀涼子の描き方について語りたいと思います。

 まず、赤堀の口調がフラット。わざとらしい「女ことば」で喋らないし、相手によって大きく態度を変えたりしない。次に、性格。虫や他の生き物への愛に溢れているけど、女性規範的な「動植物を愛でる」感じではなく「探究心と情と倫理」の線引きがしっかりしているといった印象。そして弱者への思慮深さも備えている。怒りが必要なところではしっかり怒る。残酷なやり方で標本を作る虫屋(虫コレクター)の胸ぐらを掴んでキレるシーンは筆者のお気に入りです。浅はかなオス達にしれっと間違いを指摘できるのも素敵。そして、容姿。年齢のわりには小柄で童顔という見た目で、基本的に装飾をしない。筆者的にはとてもリアルな女性像だと感じました。

 作中では赤堀は地べたに這ったり穴を掘ったり溝の中に手を突っ込んでまでして虫を探したりして、周囲の男キャラクター達を引かせているけど、これらも女性研究者の赤堀を人間らしく描いていて筆者は好きです。実際、虫を探そうとしたら地べたに這わないと見つからないしね。

 

岩楯裕也及び他の男キャラクターが好きになれるか

 読んでいて一番気になるのはここ。岩楯は筆者的に言えば「オスらしいオス」といったキャラクター。小説についてる解説の言葉では「ハードボイルド小説の主役的キャラクター」だそうです。まぁとにかくあらゆる面で典型的というか、オスが好きそうな男キャラですねと言いたくなる…。

 といっても岩楯はまだ「あぁこういうキャラクターは男性刑事モノでは典型的だもんね〜(棒)」でスルーできるレベルではある。問題は巻ごとに変わる岩楯の相棒達です。1巻〜3巻の男性キャラクターはそれぞれ違う人物ではあったものの、それぞれにストレスはあまり感じないというか所謂「スルーできるレベル」。筆者が一番イライラしたのは7巻目の相棒です。とにかく性格も台詞も言動もミソジニーがヤバい。そして女ぎらいになったきっかけも「いじめられていた自分に唯一関わってくれていた女子が自殺したのが忘れられないから」なの、本当に「悪い意味でリアル」で怖い。筆者自身がそういうタイプのオスを知ってるのでマビで怖い。岩楯がマシに見えるレベル。

 作中の男性キャラクター達のなかで唯一の救いは赤堀の後輩である辻岡大吉というキャラクター。ずっと敬語で、男性らしくサポート役なのもいい。正直、岩楯達を前に出さずに赤堀と大吉だけメインで進めた方がいいんじゃないかと思ってます。

 

女性の描き方について

 前述したように、赤堀がしっかり人間として描かれてるのがとてもいいです。しかし、岩楯との「この二人は恋愛関係になるのか?」的な描写や、人前に出る時に化粧をしてスカートを履くといったコルセットをつけるシーンはちょっとがっかりしてしまう感は否めないです。現代社会に生きる女性がコルセットと無縁のまま生活するのは非常に困難だから、ある意味当然の現実的な描写かもしれませんが、そことあわせて岩楯との恋愛をうかがわせる方向へ行くのは本当に「The コルセット」といった感じで読者としてダメージがありますね…。

 また、7巻では(おそらく初登場は6巻と思われるので、7巻でも?)赤堀とは対象的な容姿の女性が登場します。プロファイラーの広澤春美という女性キャラクターは、仕事ができるうえにタイトスカートにハイヒールに化粧に香水というコルセットぶりで、リベフェミ歓喜的な「強い女」です。装飾をしていない赤堀が広澤の装飾ぶりを細かく観察して、内心で自らと比較する(比較して卑下するわけでもなく、ただ比較してしまう)のは、コルセットを知っている人にしかわからない感覚だと思う。

 

『法医昆虫学捜査官』シリーズはおすすめ?

 ミステリとしては王道といったところなので、法医昆虫学の要素を除くとあまり目新しさは無いかもしれません。けどそれだけ、虫の話や生態系の話だけでも十分に面白くてそこが事件にどんなふうに関わってるのかが知りたくてどんどん読み進めてしまうし、被害者の過去を追う過程には現代社会の様々な問題が取り上げられています。若者支援の名目で人目につかない田舎の施設が使われたり、安楽死が制度化されていない日本で、安楽死を求めた人達が行方不明になったり、ネットで集客ができればなんでもできててしまうような仕組み等。特に、社会保障の脆弱さや福祉業界の、そこに少しでも関わったことのある人なら知ってるあの空気の表現は上手いです。

 でも何より、このシリーズを読めるかどうかは「赤堀涼子の活躍見たさ」が「岩楯を始めとする男性キャラクターへの苛立ち」を凌駕するか否かにかかっていると筆者は思います。個人的に筆者が一番ストレス少なく読めたのは3巻目の『潮騒のアニマ』で、一番ストレスがあったのが7巻目『スワロウテイルの消失点』でした。赤堀涼子が好きになれるならおすすめしますが、ストレスの度合いは巻ごとに異なる、といったところです。

 岩楯を前に出したがるのもそうですが、おそらく作者は男性が好きなんでしょう。7巻は虫の関連性が他の巻よりも比較的低いうえ、赤堀が加害してきた男児をかばうなど本当にちんよし度が強いので私はおすすめしたくない。

 

女性が主人公ならフェミニズム的にOK?否。『蓮丈那智フィールドファイル』感想

はじめに

 どうも、ブログ筆者の藍色です。筆者はミステリ小説がとても好きです。特に探偵役が女性だと嬉しいし、単に探偵や刑事という役職の人物が事件を解決する物語よりも、違う職業の人物が解決するパターンだともっと好みです。更に昆虫学や民俗学社会学等のエッセンスが入ってると本当にツボです。なので、今回紹介する『蓮丈那智シリーズ』を筆者は非常に楽しみにしていました。んが、作中のある描写のせいで凄くがっかりしました…。ミステリ+民俗学という構成は凄く良いんですけどね…。

 

『蓮丈那智フィールドファイル』シリーズについて


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 平たく説明すれば、カテゴリーはミステリ+民俗学。主人公は蓮丈那智という女性の民俗学者。語り手はその助手。蓮丈は民俗学者のなかでも「異端」という設定。外見も日本人離れしている。物語は、民俗学の調査に行った先で事件が起こるという流れです。

 シリーズは全5作で完結。今回筆者が読んだのはシリーズ一作目の『凶笑面』です。

 

民俗学要素

 民俗学をちょっとでも興味を持って調べたり読んだりした人には「定番」とも言えるネタや解釈がしっかり盛り込まれていて、民俗学が好きなら十分に楽しめると思います。例えば、聖徳太子はイエス説など(どちらも馬小屋で生まれてる話がありますよね)。

 民俗学に興味が無いなら、ひたすらなんのこっちゃとなるか難解か。Am○zonのレビューだと民俗学要素が難しいと感じる人が多い印象ですが、ホラーゲームの零とかをプレイしたことがある人なら全然問題なくついていけるかと思います。民俗学と絡めた仕掛けも面白い。ドラマ『TRICK』を彷彿とさせる雰囲気があります。

 

女性の描き方について

 これがネック。まず蓮丈の容姿に対しての言及が多すぎる。いくら「異端さ」を演出したいからといっても、そこに美貌がどうのこうの書く必要性は無いし、「異端な女性キャラ」の特徴として「容姿」以外に描けないのであればそれはセンスが無いとしか言いようがないです。小説の解説によれば「シャーロック・ホームズの女性版を意識してる」らしいですけど、蓮丈のホームズっぽい側面って口調と性格ぐらいだし、別にシャーロック・ホームズって誰もが振り返るイケメン設定じゃないやん!!なんで女性になった途端「美貌」の要素がいるんですかね!??

 特にひどいのが3話目「不帰屋」。読みは「かえらずのや」。この話にはフェミニストのキャラクターが登場するんですが、まぁ、案の定というか死にます()。そして、蓮丈那智フェミニストじゃないというのを表現するシーンではこんな感じで書かれてます。

民俗学をアクセサリー感覚で愛でる女子学生にも容赦ない

うん、こんな短文でもぎっしり凝縮されてるミソジニー、マビで作家♂。民俗学をアクセサリー感覚する女子学生って…いかにもッが考えたような女子学生像だし、フェミニストじゃない女性を描くのに「女子学生に優しくしない」って…なんじゃそりゃ。真面目に学問しない学生に怒るのにフェミニスト関係ないし女子学生に優しくするのがフェミニストでもないしツッコミが追いつかない。

 とにかく「ぼくのかんがえたさいきょうのじょせいみんぞくがくしゃ」感がパないんですよね、筆者はここで完全に心が折れました。

 

女性主人公=フェミニズム

 答えは否、ですね。もちろん、フェミニズムを意識した作品なら主人公は当然女性(female)であるべきです。でもそれと同じぐらい大事なのは、その作品を女性が手掛けることです。今回の作品に限ったことではないですけど、女性キャラの皮被った♂なんてザラにいますよね。

 たとえ物語を進めていく主役が女性であっても、その女性を動かしてるのが♂なら、それは♂の意思を遂行する女性でしかない。キャラクターが女性であっても、生身の女性の意思や考えや生き方がそこには反映されません。当事者の意見は当事者じゃないと発信できないのと同じように、女性は女性にしか描けない。

 

『蓮丈那智フィールドファイル』シリーズはおすすめできる?

 面白いか面白くないかで言えば「面白い」です。文章にも特別読みづらさはなく、ミステリ好きで民俗学にも興味があるなら読んでも大丈夫。ただし述べて来たように「女性キャラクターは登場するけど、女性がちゃんと描かれてるわけじゃない、それどころか侮辱されてる」ので、筆者は読むのをやめました。こう書くと「フェミニズム小説じゃないんだから仕方ない」とか言われそうですけど、フェミニズムを意識したものでもない限りこういう「いい加減な女性像」にぶち当たるのが異常なんですよ。だから私はこういうブログ書こうと思ったんですよね。

 なので結論、ミステリ民俗学としてとても出来はいいけれど、女性の描き方がネックなのでリメイクでもされない限り私はおすすめしません。

 

 

はじめに、このブログについて

はじめに

 どうもはじめまして。藍色と申します。このページではブログの方針や筆者の立ち位置について書きます。ブログの取り扱い説明書みたいなものと思って目を通していただけたら幸いです。

 

筆者の立ち位置

 脱コル実践中、4B支持の女性(female)です。ミサンドリー、反出生主義(反生殖賛美)。トランスジェンダリズムにも勿論反対してます。サヨク、リベフェミを経てからラディフェミに出会って現在に至ります。なのでブログ記事中に「オス」呼びもしますし、ミラーリング表記もします(例:彼/彼男、主人/男主人、医師/男医等)。脱コル実践中とは言っても、私自身に完全にミソジニーが無いとは言い切れないので、見落としてる部分もあるかもです。

 

ブログの方針

 主に趣味で鑑賞してたドラマや小説等の個人的な感想を書いていきたいと思ってます。他の人の感想ブログを読みながら「面白かったけど女性の描き方がイマイチだったのに…」とか「フェミニズム的に見ても良かったのに、誰もそこに触れてない!」みたいに、痒い所に手が届かないと感じることが多かったので、じゃあ自分で書いちゃおうかなという気持ちで始めました。

 基本的には自分で観たり読んだりしてきた作品のレビューがメインです。フェミニズムが全然関係ない作品でも、「女性の描き方やミソジニー要素はどうだった?」等の視点から書いていきます。また、フェミニズム関連以外にも雑記として色々書くと思います。

 なるべくネタバレをしないような書き方を目指しますが、どうしても紹介したいシーンや台詞、他の方にも注意してもらいたい地雷になりそうな表現など(例:〜にこんな表現があったので注意!)は書いていきます。

 

どんな人に読んでもらいたい?

 「あの作品気になってたけど、実際どう?女性差別的じゃない?」「人気があったから見たけど、違和感があった…でもこう感じるのは自分だけ?」「女性差別にちゃんと関心がある人から見た感想がほしい、男性が書いたレビューでさらっと盛り込まれるミソジニーや下ネタ(という名の性暴力発言)や地雷がこわい」など、そういったニーズを持った方に安心して読んでいただけたら嬉しいです。

 

あらためまして

 ブログ自体不慣れなので、色々と拙いかもしれませんがご容赦を。注意書きとしての「フェミニズムミサンドリー、アンチナタリズム」は必要なのに、「男性筆者です、ミソジニー発言もバリバリします、下ネタと性暴力の区別も知りません」みたいな注意書きは書かれない理不尽な世の中が少しでも良くなるすることを祈って。